努力は必要ないという考え方
老子の考え方には、無理に力んで努力をすることは、逆効果だと考えていたりします。
私もその教えは基本的に大事なことだなと思います。
なのですが、無為自然という考え方もありますが、自然に任せることが必ずしも良いとも限らないのかなと思います。
人は、必ず死を迎えますし、老いていきます。
無理に抗う必要はないのですが、老いていくことに対して、抗うということも必要なのかなと思うのです。
自然にしていると、人はだらだらと過ごしてしまうことがあります。
大昔は、だらだらしていると、食事を取れなかったりして動かざるを得ない環境がありました。
しかし、現代の日本は、その気になれば、一日中だらだらして過ごすことも可能です。
ちょっと面倒だなと思いながら、重い腰を上げないといけないこともあります。
自然に任せるというのが、時にだらけて自堕落な生活になりかねないのではないかと思うのです。
歳を取って衰えてきた人は、身体を動かすのも億劫になります。
知らない人がいる場所に出かけるのも、億劫になります。
新しいことにチャレンジすることも、億劫になります。
めんどうとか、億劫という感情に流されないということも大事なのではないかと思うのです。
動き始めれば、さほど辛くないことでも、動き始めるまでは面倒だったりするのです。
自分を大きく見せようとする努力、他人に評価されようとする努力、欲を満たすための努力。
こういうものは必要ないなと思います。
しかし、億劫とか、面倒という感情には抗っていく必要はあるなと思うのです。
風のふくまま気のままに、流されて生きていくのは、あまり良い結果にはつながらなさそうだなと思います。
ただ、必要のない無駄な努力というものが、世の中にはあふれているので、無駄な努力は必要ないということは広めていきたいなと思うのです。
ただ、そうすると、無駄な努力をしてもらうことで収益を得ている人からは恨まれることになります。
誰かに嫌われることになったとしても、お客さん側の立場からの発信は続けていきたいなと思います。

