痛み取りは常識の向こう側にある
私が見つけた痛みの取り方は、とにかく医療常識の真逆なんです。
一般的な痛みに対する医療常識は、痛い動きをしないように。
安静に、適度に冷やしたりしながら、回復を待つ。
私は、状況に寄りますが、基本的には、冷やしたりはせずに、出来るだけ動かす。
痛みを取りたいのであれば、どう動かせば痛みが強くなるのか、しっかり把握して、どんどん痛い動きをしましょうと言うのです。
痛い動きをしないようにというのは、常識でもあり、本能的にそれが自然。
ですが、それでは治らなかったんです。
私は学生時代に手首を痛めて、そのまま10年間ラケット競技を避けて、10年経ってもぶり返したのです。
安静にしてるうちに治ってるかな?と思っても治らなかったのです。
私が見つけた痛みの取り方は、痛い動作をどんどんやって、痛い動きを痛くなく出来る動きにしていくというものです。
口で言うのは簡単だけど、実行するのが難しい。
だけど、痛みを感じられるのは本人だけだから、本人がその気になれば、医者には治せなくても、セルフケアで治していけるのです。
誰かに治してもらおうと思っても、治せない。
筋トレみたいなものです。
お金を払っても、他人が代わりに筋肉を作ってくれることはないのです。
筋肉は自分で動かさないと、鍛えられないのです。
私は、そんな経験をしたというのもあるし、元々あまのじゃくなところもあるので、常識にしばられるのは好きじゃないのです。
根は真面目なのですが、長いものに巻かれるとか、頭ごなしに強制されるとか好きじゃないのです。
世の中の常識というのは、誰かが都合よくビジネスをするために、流された情報が常識になっているというものが多いと思います。
ぼんやり見ているそのテレビの情報は、だいたいスポンサーの意向で、情報がばら撒かれていたりします。
CMみたいに流れている時間だけではなく、ニュースや情報番組なども、世論形成に使われているのです。
私のところに流れ着いた人は、せっかくなので常識の向こう側の景色を見て、非常識な人間になってほしいなと思います。
でも、基本的に私は自分が強制されるのが好きじゃないので、提案はしても強制はしません。
良くなるよと伝えて、信じてくれた人にはその期待を裏切らないよう一生懸命お伝えするし、信じてくれない人は私がすがるように、また来てくださいとは言わないのです。
何かをやらされても、良い結果にはならない。
本人がやる気があれば、何とかなるのです。
自由を求めて戦った英雄の話です。
痛みを取るも取らないも自由なのです。

