非常識に生きる
私の見つけた痛みの取り方は、ハッキリ言って非常識です。
一般社会では、痛くて動かせない関節の痛みは、出来るだけ動かさないようにして治るのを待つのがセオリーです。
私がたまたま見つけた痛みの取り方は、痛い動きをするというのが最大のポイントで、痛みを出さないと始まらないのです。
しまもと整体院に予約をする人は、必ず痛みが再現するか聞かれます。
痛みが再現しないと言ったら、予約をお断りします。
ときどき、今は痛くないけど、また痛くなったら嫌だから受けたいという人がいますが、私はお断りします。
なぜなら、痛みが無いと原因探しが出来ないから。
痛み取りを売っているのに、痛みが無かったら、売るものがないのです。
私は痛みを取るお手伝いは出来ますが、不安を取ることは出来ません。
私に限らず、その人の不安はその人が解消するしかないのです。
不安を他人に解消してもらおうとする人は、他人に出来ることと、自分でやらなきゃいけないことが切り分けられていないと言えるわけです。
私は出来ないことは出来ないというのです。
でも、うち以外の整体は、お任せくださいと言うのです。
出来ないことを任せるということは、ずっと通ってもらうというだけですからね。
出来ないことなのだから、完了しないのです。
私のスタンスは、一般常識からすると、異常と言えるレベルだと思います。
言っていることも異常。
整体のお店のスタンスとしても異常。
でも、私はそれでいいと思っているのです。
常識の方が間違っているのだから。
私は私がいいと思うものを売りたい。
私は私が、相手の為になると思うことをやりたいのです。
自己満足と言えば自己満足ですが、私がやられて嫌なことをしない。
こんなお店があったらいいなと、自分が思うようなお店にするということです。

