遠くから来る人、遠くに行く人
先日、この時期になると学生さんが増えるという話をしたからなのか、同じような環境の学生さんが良く来られました。
ちょっと遠方から来る人もいたし、これから遠方に行くという人もいました。
この写真は、これから遠方に行くという方から、
「お世話になりました。」
ということで頂いたクッキーです。
とりあえず施術を受けるごとにコツをつかんで、何とかいい感じに分かってきた、というところまで来れました。
遠方に行く人でも、遠方から来る人でもそうですが、完治まで行きつくのはなかなか大変です。
でも、悪化しても、どうせ自分でケアをしたら、ある程度良くなるから、その競技を続けることは怖くない、という状態までいけるかどうかが大事だと思います。
スポーツをしている人なら、その競技が怖くなく出来る。
だし、スポーツをしていない人なら、仕事に支障がないとか、不安なく生活が送れるということですね。
施術を受けて痛みが激減するのは、私にとっては当たり前。
私が本当に提供したいのは安心なのです。
痛くなってもどうせ取れる、どうせ戻せるという安心。
やってもらったら楽になる、というのは条件付きの安心です。
自分で楽に出来たら、本当の安心になる。
施術の何回目で、その境地まで達成できるかは人それぞれ。
時々、一回の施術でそうなる人もいる。
でもそれはとても稀ではないかと思う。
多くの人は、施術を受けて、自己ケアをして、自己ケアのレベルを上げながら、どこかのタイミングで、
「なるほど!分かってきた!」
ってなる。
でも、分かってきた!と思っているのが、勘違いということが結構ある。
自分で出来るようになったと思って、勝手に来なくなる人も沢山いる。
けど、出来るようになったと思っても、施術をもう一度受けたりすると、全然効いているのレベルが違っていたりする。
ちゃんとレベルの違いを理解したうえで、近づいてこれた人と、早合点して分かった気になる人では違うのです。
ちゃんと通ってくれた人は、分かってきた!と思っていたのが、ただの勘違いだったと気付けて、そこから真摯に向き合うようになる。
そして、現実を知ったうえで、つかめてきたものは本物になる。
本物が分かるようになってくると、表現が変わってくるのです。
分かってない人は、
「その後経過はいかがですか?」
というと、
「良くなってきてる気がします」
と言う。
分かってきた人は、
「この動きは平気だけど、まだこの動きの痛みが取れない」
という感じで、具体的な表現になるのです。
分かってくると、
「良くなってる気がする」
ではなく、
「これは良くなった、これはまだ痛む」
になるのです。
とにかく、ちゃんと自分で治していくという気構えが大事。
自分で治していくというのは、施術を受けなくなるということではなく、施術を受けながら、どれだけその施術のレベルに近づけていけるかという事。
正解を知らずに、テスト勉強をするようなもの。
模擬試験を受けても、採点をしなければ今何点なのか分からない。
採点をして答え合わせをして、間違いを修正しないといけないのに、採点をせずにテスト勉強していても意味がない。
痛みを感じるのは本人だけだけど、その痛みの取り方があっているかどうか素人には分からない。
だから、本人のやる気と、私の協力が必要なのです。
どのアドバイスがその人に響くか、いろいろやらないと分からない。
答えを教えたほうがいいのか、気付くようにヒントを与えたほうがいいのか。
とても難しい。
医学の呪いに掛かっていると、どんな人も治らなくなる。
靱帯、軟骨が痛みの原因だと信じた時点で治らなくなる。
筋肉のケアで良くなると信じていなければ、ケアに身が入らない。
宗教戦争をしながら、一流のスポーツ選手を育てるくらい難しい。
大変な作業だけど、それで痛みを克服出来たら、その人の人生を救っているようなことになる。
やりがいのある仕事だ。