やっちゃいけないこと
先日施術を受けた方が今日二回目を受けに来た。
その方は指が痛かったのだけど、原因は指そのものではなかった。
その方は指を伸ばすようなストレッチはやってはいけないと思っていた。
だから、前回の施術の際に、
「こういうストレッチをやってみたらどんな感じがしますか?」
と聞いたら、
「そんな動きは怖くてやっていない」
と言っていた。
その場でやってみてもらったら、それほど痛くなくて拍子抜けしていた。
痛いだろうと思ってやっていない動き。
痛くなるからやらないようにしている動き。
そういうものが、本当にやってはいけないかどうかは、やってみないと分からない。
やってみないと分からないのに、やっちゃだめだと信じて、やらないようにしている人が多い。
自分の身体のことなんだから、試してみたらいいのに。
でも、試すことすら怖がっているんですよね。
その理由は、
専門家に言われたことを信じている。
悪化したら取り返しがつかないと、過剰に不安を感じている。
言いつけを守らなくて、あとからそれのせいで良くならなかったと言われるのが嫌。
などなど、理由はあると思う。
「言われた通りやっていなかったでしょ、だから良くならないんだよ」
これ、いろんなところで言われるセリフだけど、信じるに値するのか。
私の施術は、その場で明らかな変化を感じてもらえる。
それでも信じない人はいる。
けど、そもそも良くなる変化を感じさせてもいないのに、
「良くなったら治療のお陰」
「良くならなかったら、言いつけを守らなかったせい」
になっているのはおかしいのです。
なんか、何を書いていても、某感染症に対する皮肉のようになってしまうけど、根本は同じ。
医学の世界が、一方的に情報を与えて、自分で思考することを奪っているから起きてる問題。
自分の身体の健康は自分が一番感じられる。
痛くもかゆくもない状態を病気にしてしまったせいで、自分で判断することが怖くなった。
数値が高い、このままだと○○になって死んでしまう。という呪い。
画像で○○が見える。このままだと病状が進んで、手遅れになる。という呪い。
みんな過剰に恐れるようになってしまった。
健康を自分で管理できるように、しないといけない。
けど、医学の世界は、自分で管理できるようにさせないのです。
病院に多くの人が来てもらうためには、不安が必要なのです。
病院で診てもらっているから、安心という状態にしたい。
自己判断で安心されると儲からない。
私は健康を自分で管理できる状態になってほしいと思う。
だから、私は症状は本人にしか分からないよと言う。
痛みも本人にしか分からないし、辛さも本人にしか分からない。
私は何回で良くなるとか言わないし、完治するとも治らないとも言わない。
完治を目指せるとか、私には治せないと言う。
やっちゃいけないと思っていることも、やってみたらなんてことなかったなんてザラにある。
みんな良い子にさせられすぎていないだろうか?
昔見た映画。
支配から自由のために戦った英雄の物語。
戦わないと、自由というのは奪われるものです。