“医者っていいよね”と言われたくない理由
ここのところ二回連続で岩本麻奈先生の記事のリンク。
”医者っていいよね”と言われたくない理由――命を削る仕事になった現実
なるほど。
確かに人の命を預かる仕事として考えたら、平均年収も多いとは言えないのかもしれない。
無価値医療の提供もやめたいと思っているけどやめられないと。
これらは医療界が本腰を入れたら、メディアを使って、国民の意識を変えていけばよいはずなのです。
無駄な検査であることをしっかりと教えてあげれば、無駄な検査を受けようとしなくなる。
無駄な検査が安いと、受けたがるかもしれないので、医師が必要と認めた場合以外は、実費にすればいいのではないか?
そもそも、現在の医療システムのままでは、変えられないだろうから、まずは医療をビジネスから切り離すために、公の機関にしないといけないと思います。
消防や警察などのように、国の予算で行う事。
そして、天下りとか、そういう腐敗が起こらないようにシステムを構築する必要がある。
そういうシステムに切り替えるとともに、無駄な医療というものを一般の人に広く知らしめないといけない。
教育というか、情報の提供を正しく行うことも大事。
医療の仕組みがビジネスから、切り替わって、本当に患者さんの健康と幸福を追求するようになれば、私の技術も取り入れてもらえるようになるのではないかと思うのです。
健康管理は自己責任。
キチンと情報を伝えたうえで、健康は自分で管理していかないといけない。
そうすると、ただ情報を伝えるだけではなく、哲学というものが必要になる。
なんのために生まれて、何をして生きるのか。
自分の使命に気付いて、しっかり生きられるようになれば、不健康な人は減るはずなのです。
今の日本は、平均的な、マルチな能力を求められることが多い。
しかし、マルチな能力ではなく、突出した能力を持っている人も沢山いるのに、マルチになろうとするから、本来の能力が活かされず、自分の苦手にばかり向き合わされるから、自信を失ったり、失敗ばかりになったりする。
いわば、スポーツカーで引っ越しの荷物を運ぼうとしているようなもの。
引っ越しのトラックで、サーキットタイムを縮めようとしているようなもの。
ダメなところは他の人に任せて、強みのところを活かして生きればいい。
それを許さない今の社会がおかしいのです。
私は、普通の人が、「しょうがないよね」で済まそうとするようなことを、「しょうがないじゃないだろ」って拘って批判したり、訂正しようとするのが、長所であり短所です。
めんどくさい人かもしれないけど、それをする人がいなければ、社会は良い方に変わらず、悪い方に向かってしまうのです。
大人しく、権威の決めたことに従っていたら、大変なことになります。
群集心理というのは恐ろしいものです。
普通の人と違うことは、誇らしいことだと思えるようになると、人生を生きやすくなると思うのです。
私は自分が自分の価値感で生きていきたいと思っているので、価値観の強要に強く反対をしています。
そして、逆に私の言うことが理解できない人や、反対意見を持つ方は、反対意見を持ち続ければいいと思います。
どっちかの意見にしないといけないわけではないので、意見が違うんだな、じゃあ一緒にいるともめ事になるからなるべく関わらないで、お互い関わらずに生きたらいいよねと思うのです。