人生に無駄なことなど起こらない
人生に無駄なことなど起こらない。
って、素敵な言葉だなと思っています。
過去の大変な思いが、あとになって活かされたり。
過去の失敗から学んだことが、次の悩みの解決に役立ったり。
だけど、一つ一つの行動レベルでは無駄だなと思うことがあります。
感染蔓延で経路調査に意味なし
↑東京新聞のWebニュースです
コロナウイルスに対して、感染経路を追ったりする保健所が、業務として無駄だということで、感染経路や濃厚接触者の調査を限定的にすると発表したようです。
無駄だなぁって思っていたことを、ようやく無駄だと言える人が出てきたなと。
これも、最初から言えば叩かれるでしょうけど、さんざんやってきて、もう無理という段階になったからようやく言えたんでしょうね。
指定感染症の2類相当の扱いを、解除してほしいと、訴えていたのに、色んな大人の都合で指定感染症を延長したため、現場が耐えられなくなったと。
2類指定を外して
↑Yahoo!ニュースです
医学の世界では、感染を封じ込めるという理想に向かって邁進していたのでしょうけれど、封じ込めるということは不可能ということが、ずいぶん前から分かっていたはずなのです。
強毒性の感染症ではないため、無症状で広める可能性があると。
それは言い換えれば、毎年流行る風邪のウイルスや、インフルエンザウイルスと同様に、出来る対策をしながら、予防するしかないということ。
そんなの嫌だ!とか、ダメだ!と言ったところで、そうしかできないのになと。
世界中で騒いでいるから、当たり前のことが言いたくても言えなかったんですよね。
感染経路なんて追えない。
大事なことは、蔓延したウイルスだから、一人一人が出来ることをして、気をつけましょう。
というだけのこと。
何も知らなければ、国や専門家の指示に従うしかない。
ってなるのでしょうけれど、無駄だと分かってしまうと、強要されることにとてもストレスを感じる。
大人な人は仕方がない、で済ますのでしょうけど、私は大人になり切れない子供なので、おかしいものはおかしいって言いたくなるのです。
子供は何でも、「なんで?」って聞きますよね。
知ろうとするのが自然。
大人になると、聞いちゃいけない、突っ込んだらいけない、ってなるんですね。
分からない世界だから、無関心になるんですね。
医療とか、健康とか、無関係な人はいないんですけどね。
無関心でいて、痛い目見るのは本人なんですよ。
健康管理は自己責任。
なんでも自分でやれという、意味ではなく、健康に関して、結果を誰かに代わってもらうことは出来ないということ。
病気を誰かに代わってもらうことは出来ない。
手術した後の後遺症を、ドクターに代わってもらうことも出来ない。
自分のことは自分で責任をもって、守らないといけない。
そこで学ぶという意味では、無駄ではないのかもしれないけど、早く気付けば、軽く済むということもありますからね。